三中 信弘 (農業環境技術研究所/東京大学大学院農学生命科学研究科)
中村 郁郎・真壁 壮・高橋 弘子 (千葉大学大学院園芸学研究科)
森中 定治 (日本生物地理学会)
(東京大学大学院農学生命科学森林動物)
久保田 耕平 (東京大学大学院), 久保田 典子 (神奈川県横浜市), 乙部 宏 (三重県津市)コルリクワガタ種群における隠蔽種の発見
直海 俊一郎 (千葉県立中央博物館)
「種」をどのように定義すればいいのか? 進化生物学において,この問題はいまもなお活発な論議を呼んでいます. たとえば,生物集団間の生殖隔離を基準として判定される「生物学的種概念」は代表的な種概念のひとつです. しかし,生物学的種概念のほかにも数多くの種概念が提案されていて,今から10年ほど前に書かれた総説によれば そのような種概念の総数は二十数個にものぼるといいます.
生物が進化するという思想はすべての生物が時空的に変化するという見解を受け入れられるよう私たちに要求します. ところが,民族分類のルーツに根ざしたヒトの認知心理のもとでは生物を含む森羅万象ばらばらのグループに分類されます. とすると,もともと連続であるものをいかにして分割するのか? ―「種」問題の根源はここにあります.
チャールズ・ダーウィンはヒトの進化を始めて論じた『人間の進化と性淘汰』(1871)において,錯綜する 「種」問題を解決する手がかりとなる示唆を与えています.彼は次のようなたとえ話をしました. ある土地に複数の住居が集まって建てられているとき,「ここに集落がある」という点に異論を唱える人はいないでしょう. 一方,その集落が「村」なのかそれとも「町」や「市」なのかはどうでもいいことではないかと彼は言いました.
生物界を見渡したとき,姿かたちの似ている生物の集団が「ある」ことは分類学者ならずとも誰もが知っています. しかし,生物分類学ではその集団が「種」であるのかどうかをめぐってはてしない論争を繰り返してきました. ダーウィンはそういう論争はこの上なく不毛だと指摘しました.生命の樹という進化的系譜の連続体があるとき, それをどのように切り分けて分類するかは本質的な問題ではないだろうというダーウィンの指摘を 現代の私たちは再び見直さないわけにはいきません.
それと同時に,分類がもつ認知的な役割についても再評価すべきでしょう. 満天の星を「星座」と分類することで私たちは地上から見た天体の様相を理解してきました.それと同時に, きわめて多様な動植物の世界を理解するために私たちは「種」などの分類カテゴリーを用意してきました. 「星座」の体系が私たちの自然認知にとって貢献しているというのであれば, 「種」の体系もまた生物界の認知に貢献していると言わざるを得ないでしょう. 「種」が現実に実在するかどうかとは何の関係もなく,「種」の分類体系は私たちにとってたいへん役に立つ. これが「種」問題を解決するためのひとつの落としどころだとだと私は考えています.